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新潟地方裁判所 昭和31年(ヨ)110号 決定

申請人 医療法人青山信愛会新潟精神病院従業員組合 外二名

被申請人 医療法人 青山信愛会

主文

申請人組合の本件仮処分申請を却下する。

被申請人が昭和三十一年七月十一日申請人鷲尾三昭、市川政一に対してした懲戒解雇の意思表示の効力は、いずれも本案判決の確定にいたるまでこれを停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申立の趣旨

主文第二、三項と同旨の裁判を求める。

二、当裁判所の判断の要旨

(一)  申請人組合の当事者適格について

申請人組合の本件仮処分申請は、要するに、申請人組合は新潟精神病院の従業員をもつて組織する労働組合であるが、その所属組合員である申請人鷲尾、市川の両名に対し被申請人が昭和三十一年七月十一日した懲戒解雇の意思表示につき、右申請人等とは別個に組合として、申立の趣旨記載の裁判を求める、というにある。しかして、本件仮処分申請が懲戒解雇の無効確認の訴を本案とすることはその主張自体に照らして明らかであるが、懲戒解雇無効確認の訴はもとより所属組合員と使用者との間の労働契約上の具体的法律関係に関する訴訟であるから、労働組合といえども、特段の事由が存しない限り、かかる法律関係について訴訟追行権を有しないものと解するのを相当とする。ところが、本件においては、特段の事由を認むべき事情がないので、申請人組合は、右本案の訴につき当事者適格を欠き、従つて、本件仮処分についてもまた当事者としての適格を欠くものといわなければならない。よつて、申請人組合の本件仮処分申請は、その余の点についての判断をまつまでもなく、不適法としてこれを却下することとする。

(二)  不当労働行為の成否について

被申請人は、新潟精神病院を経営する医療法人であり、申請人鷲尾、市川は、いずれも被申請人に雇われて右病院に勤務してきたのであること、申請人鷲尾は前記組合の執行委員長、市川は執行副委員長であるが、右組合は、昭和三十一年二月十五日被申請人に対し賃上げを要求し、十日間の予告期間を経て同年三月十九日より争議に突入し、同年四月二日その争議は新潟地方労働委員会の職権斡旋により妥結したこと、ところで、被申請人は、同年七月十一日にいたり申請人鷲尾、市川の両名に対し前記争議行為を企画、指導し、また、病院の秩序をみだし、管理権を侵犯したことは就業規則第五十五条に該当するという理由で、懲戒解雇に付する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(1)  そこで、まず、申請人等に就業規則第五十五条に規定する懲戒解雇事由該当の事実があつたかどうか、ということを検討する。

精神病院における業務の停廃は、ただに患者の治療を阻害するのみならず、患者の自傷、他傷等生命、身体に対する危険を招来し、または、狂騒、逃亡等による社会不安を惹起する虞のあることは容易に首肯しうるところである。しかしながら、このことから直ちに精神病院においては正当な業務の運営を阻害する一切の争議行為が許されないとなすことは早計であつて、要は、右のような事情からして精神病院における争議行為は、労働関係調整法第三十七条の予告期間の制限と、患者の生命、身体の安全及び公共の静ひつを保持すべき条理上の制限に服すべきであるという点において、他の一般の争議行為と異なる特性を見出しうるにすぎない。

そこで、前記争議行為が果して労働関係調整法第三十七条の規定する予告期間の制限を恪守したかどうかが問題となるのであるが同条は本来公益保護のために設けられた規定であるから、同条違反の争議行為が処罰の対象となる意味において違法であることはいうまでもないとしても、それが対使用者との関係において違法となるか、いいかえれば、被申請人がそれをもつて申請人等の責任を問いうるかどうかは甚だ疑問である、といわなければならない。仮りにかかる争議行為が使用者との関係においても正当な組合活動とはいえないとしても、本件においては、前記争議行為が予告期間の点においても、また、通知書の記載事項の点においても、同法の命ずる必要最少限度の要件を備えていることは疎明によつて窺いうるところであるから、それが同条違反の争議行為であるとは認め難い。

次に、前記争議行為が患者の生命、身体の安全及び公共の静ひつに対する危険を招来するものであるかどうかの点について判断する。疎明によると、右組合は、争議開始にあたり、庶務及び薬局関係については完全な職場放棄を、また、病棟関係については患者の身の廻りの世話、日常治療の介助等を含む一部職場放棄をする、但し、患者の給食、動静の観察、異常事態発生の場合における医師への連絡及び介助等患者の生命、身体に対する安全を確保する旨の基本方針を定め、且つ、これを着実に実施したこと、争議期間中、患者の生命、身体に対する危険、逃亡等の不祥事は発生しなかつたが、患者に対する日常治療はほとんど停廃状態に陥り、それまで入院患者約四百七十名の内六、七十名に対し電撃療法を週三回、また、八名に対しインシュリン療法を毎日施行してきたのに、全期間を通じ延べ十三名に対し電撃療法を不規則に実施したにすぎなかつたこと、しかして、これらの療法を中断することは、直接生命、身体に対する危険を招来するものとはいえないまでも、もとより、それまで行つてきた治療の効果を阻害し、稀には合併症等の関係から将来生命、身体に対する不測の危険を誘致することもありうることが認められる。そこで問題は、一にかかつて、これらの不測の危険を防止しうる手段が病院側に残されていたかどうか、という点にある。被申請人と右組合間の労働協約にはスキャップ禁止条項があり、また、事実上他より要員を求めて職場を代置せしめることは、精神病院における業務の特質からみて困難であることは一応考慮すべきであるとしても、当時病院には院長を除く七名の医師と約十名の臨時雇用員高級事務職員等組合員以外の従業員約二十名が勤務しており、電撃療法やインシュリン療法の所要最低人員は四名であることが疎明されている。もとより、これら非組合員は普段五十余名で果してきた諸多の病院業務を受け持たなければならなかつたとはいえ、右の陣容をもつて治療体勢を強化すれば、必要最少限度の措置は確保しうる事情にあつたと推断するをはばからないものであつて、前記のような治療の停廃状態が何等かの意味において患者に好ましからざる影響を与えたとしても、その原因がすべて申請人等の指導した前記争議行為にあるものとは断定し難い。この点については、被申請人の主張するように、看護婦岡崎よし子、浅田とよ、事務員村井あさ子、炊事婦野口きせ及び気鑵士樋渡七治等非組合員の就業が組合員によつて阻止された事実が認められるけれども、疎明によると、右阻止の方法は平和的説得の域を出ないものであり、しかも、その阻止された職場の多くは、患者の監視所、炊事場、ボイラー室等いずれも組合員によつて業務の運営が確保されていたところであることが窺われるので、かかる就業阻止の事実は、これをもつて前記認定を左右せしめるに足る資料とはなし得ない。

さらに、本件懲戒解雇の第二の理由である病院の秩序びん乱及び管理権侵犯の点について言及する。この点については疎明によると、申請人等は、争議予告後組合員に「要求貫徹」の鉢巻を締めさせ、自らも赤い腕章を着け、或は、無断で院内施設を使用して労働歌を放送し、病院の封筒若干を費消し、或は、争議期間中女子病棟内に男子組合員を若干名出入させたことを一応認めることができる。しかしながらかような着装が患者に悪影響を与えたことについては疎明がなく、またこれをもつて被申請人のいう程に病院の秩序をみだしたものとはなし難い。また、労働歌の放送にしても、疎明によると、病院においては平素より右施設を利用して患者に対しラジオ放送を流していたこと、しかも、放送種目の選択、放送時間の決定等を必ずしも被申請人側において厳重に管理していたわけではなかつたこと、また、申請人等の流した労働歌はレコード盤を利用したものであつて、その音量、放送時間の点においても日常ラジオ放送の場合と格段区別さるべきほどのものがなかつたことが一応認められるので、これをもつて敢えて病院の秩序を乱したものと断定するにはちゆうちよせざるをえない。病院封筒の無断使用、男子従業員の女子病棟内への立入は、いずれも責むべき行為であるとしても、ただそれだけのことで懲戒解雇権を発動する事情にあつたものとは考えられない。

以上を要するに、申請人等の指導した前記争議行為及び秩序びん乱管理権侵犯等の各行為は、それ自体ではもとより、これら各行為を綜合して考えてみた場合においても、懲戒解雇事由としての前掲就業規則第五十五条にいう「悪意をもつて他人を使嗾し又は使嗾されて病院の秩序を紊し」または「職務上の規定、命令又は指示に従わない」こと、その他同条各号のいずれにもまだ該当するものとは認め難く、かえつて前記争議行為は組合活動を保障した労働組合法第七条第一号の立法精神からみれば、これに対し解雇その他の過当な不利益取扱いをすることが許されないという意味において、なお、同条項の正当な組合活動ということを妨げない。

(2)  進んで、不当労働行為意思の点について判断する。疎明によると、前記争議の妥結にあたり、組合側より当時問題となつていた賃金カットの点は一応別としても、後日争議の犠牲者を出さないことを含める趣旨で一切を水に流されたい旨の申入があり被申請人がこれに異議を挾まず暗黙の裡にもせよこれを了承したと見られる応接をなし、ここに両者の間に賃上げに関する争議の円満な妥結が成立したこと、本件懲戒解雇の事由が各申請人ともに共通であり、しかも、その主たる事由は、申請人等が前記争議行為を計画指導したという点にあること、申請人等はいずれも組合結成当初より組合幹部として活溌に組合活動を行つてきたものであること、また、本件懲戒解雇の意思表示が、争議期間中の賃金カットの問題について団体交渉が行われており、且つ、労働協約の改訂期を控えて組合活動が一層強化されんとする時期になされたことを一応認めるに足り、これらの事実を綜合して考えると、本件懲戒解雇の意思表示をなすにいたつた被申請人の意思は、所詮、申請人等の組合活動に対する報復措置にあつたものと推認するのを相当とする。

しからば、申請人等のその余の主張を判断するまでもなく、本件懲戒解雇の意思表示は、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当し、その効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

(三)  本件仮処分の必要性について

解雇が一応無効であるにかかわらず、申請人等が被解雇者として取り扱われることは、「労働者」たる同人等にとつて著しい損害であることが明らかであるから、かかる損害をさけるため、本件懲戒解雇の効力が本案判決によつて確定するにいたるまで、これを停止する地位保全の仮処分の必要があるものといわなければならない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 三和田大士 渡部吉隆 橋本攻)

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